やきもの曼荼羅[9]六古窯を訪ねる(其の五)信楽編
山深い陶芸の里・信楽
信楽は山間の盆地で、東は伊賀(三重県)、西は山城(京都)に隣接し、古代より交通の要衝にあたり、奈良時代には一時、紫香楽宮...
やきもの曼荼羅[8]六古窯を訪ねる(其の四)常滑編
常滑窯の誕生
常滑窯は、猿投窯を母として平安時代末期に誕生しました。六古窯の中では一番古く、最大の生産量を誇りました。その最大の消費地が奥州平...
やきもの曼荼羅[7]六古窯を訪ねる(其の三)瀬戸番外編
記憶の中の瀬戸と瀬戸電
今では、名鉄瀬戸線の大曽根から終点の尾張瀬戸まで、およそ30分程度で着きますが、私の子供の頃はもっとかかったような気がします。...
やきもの曼荼羅[6]六古窯を訪ねる(其の二)瀬戸
六古窯中、唯一の施釉陶器「瀬戸窯」
瀬戸窯は、鎌倉時代初期に猿投窯(さなげよう)の技術を引き継ぎ、釉を施して高火度で焼成する窯として始まりました。中国...
やきもの曼荼羅[5]六古窯を訪ねる(其の一)越前
一番遅れて発見された越前窯
「六古窯」の中で越前窯が一番遅れて発見されました。それまでは、瀬戸窯・常滑窯・信楽窯・丹波窯・備前窯を併せて「五古窯」と呼...
やきもの曼荼羅[4]料理と器 北大路魯山人(其の三)
漢学の大家・細野燕臺との出会い
1916(大正5)年1月28日、魯山人は京橋の老舗書肆・松山堂の藤井利八の娘・せきとの結婚を機に、東京神田駿河台東紅...
やきもの曼荼羅[3]料理と器 北大路魯山人(其の二)
魯山人の基本は書と篆刻(てんこく)
『角川日本陶磁大辞典』の北大路魯山人の項には、「陶芸家。京都府生まれ。書・漆芸・日本画・料理など幅広く独自...
やきもの曼荼羅[番外編]連載を始めるにあたって
やきものの広報活動
『人生は出会った人で決まる』『感動が人を動かす』『楽しくなければ会社じゃない』―。これらは、私が尊敬する堀貞一郎さんの本のタイトル...
やきもの曼荼羅[1]料理と器 旬を味わう日本料理
著者:森孝一 プロフィールページ
「和食」のユネスコ無形文化遺産登録と、その背景
2013年12月に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されま...