やきもの曼荼羅[17]朝鮮陶磁2 朝鮮陶磁の無碍(むげ)の美

朝鮮王朝時代のやきもの

 14世紀末から20世紀はじめまでの朝鮮時代を代表するやきものといえば、粉青瓷(ふんせいじ)と白磁です。粉青瓷とは粉粧灰青瓷(ふんしょうかいせいじ)の略称ですが、粉青沙器(ふんせいさき)とも呼ばれており、日本では、この呼び方が通っています。わが国では、三島手(みしまで)と呼ばれてきました。三島手の由来については、三島神社の「三島暦」と文様が似ているからということですが、その他にも諸説があるようです。粉青瓷は、器表に白土を化粧がけするのが特徴で、その上から透明釉をかけて焼成します。

粉青瓷の装飾技法

 その装飾技法には、象嵌(ぞうがん)・印花(いんか)・線刻・掻(か)き落とし・鉄絵・刷毛(はけ)・粉粧(粉引)などがあります。当時、粉青瓷は磁器と呼ばれていたようで、『世宗実録』の「地理志」(1432年)に記された「磁器所」と目される場所からは粉青瓷が発見されています。象嵌粉青は高麗青磁の象嵌青磁と同じといってもよいと思います。印花とはスタンプで文様を押し、刷毛で白土を塗った後、余計な白土をぬぐい去る技法です。この印花粉青は象嵌青磁に比べて白い印象を与えますが、これは白磁をモデルとしているからです。刷毛目粉青は粗い稲藁などを束ねたものに白土をつけ、さっとひとはきしたもので、印花技法が衰退して、より簡略化していく過程で生まれた装飾技法といえます。掻き落としは白土を塗った後に文様の背景となる部分の白土を取り除く技法ですが、15世紀半ばになると、背景の白土を取り除かない、すなわち白土を塗って、その上からへらなどで文様を描く線刻粉青に変わっていき、やがて16世紀後半には、粉青瓷に変わって白磁が朝鮮陶磁の中心となります。写真の「白磁鉄絵龍双亀文壺」は龍と亀の姿を稚拙で奔放な描法に表現したもので、戯画風という意味では、安宅コレクションの「鉄砂虎鷺文壺」が思い出されます。

李朝白磁と青花磁器の誕生

 白磁は中国の元末明初の白磁の影響を受け、15世紀後半から本格的に作られるようになりました。それは硬質胎土の白磁で、高麗白磁を受け継いだ軟質胎土のものとは異なり、広州官窯で生産された白磁が主流を占めます。明初風の純白な白磁は15世紀から16世紀に見られるが、堅手(かたで)と呼ばれる半光沢の灰色がかった白磁は広州近辺の窯で作られます。そして、乳白色のしっとりとした軟らかな肌合いの白磁が18世紀前半に金沙里(きんさり)窯で生まれ、白ないし青味を帯びた堅緻な磁肌の白磁が18世紀以降に分院里(ぶんいんり)窯で生産されました。
 青花(染付)磁器は中国の明初様式を摸倣して15世紀に生産が始まりますが、朝鮮独自の様式が確立するのは17世紀後半から18世紀前半の金沙里窯においてです。18世紀半ば以降には、分院里窯でも数多くの青花磁器が作られ、文様も多様化します。

安宅コレクションの「青花草花文面取瓶」


 安宅コレクションの「青花草花文面取瓶」(大阪市立東洋陶磁美術館所蔵)は、18世紀前半の金沙里窯で作られた青花磁器です。いわゆる「秋草手」と呼ばれるもので、朝鮮陶磁のコレクターならなんとしても手に入れたい逸品です。深い乳白色の釉色が特徴で、面取りされた胴の部分には速筆で秋草が描かれています。その楚々(そそ)とした魅力に取りつかれると、病みつきになるといわれています。

朝鮮陶磁の無碍(むげ)の美

 朝鮮陶磁の美について語った人物といえば、民藝運動家の柳宗悦(むねよし)でしょう。柳が、その民藝理論の礎となる「雑器の美」に目覚めたのは、浅川伯教(のりたか、後に朝鮮陶磁の神様と呼ばれる)から贈られた「染付秋草紋面取壺」との出合いによってです。柳の「陶磁器の美」(柳宗悦著『朝鮮を想う』所収)という文章を読むと、「私は朝鮮の線よりも心の意味を持つ、美しい淋しい線を他に見る場合がない。それは人情に浸(ひた)された線であった。その特殊な美は永(とこし)えに人を魅するであろう。朝鮮はその固有の線に於て侵し得ない美(うつくし)さを保っている。如何なる模倣も如何なる追随も、その前には無益である」と書いていますが、まったく同感で、柳は美醜にとらわれない無碍(むげ)という言葉で朝鮮陶磁の魅力を表現しています。また、愛陶家はその魅力を「不調和の調和」といういい方をします。しかし、「不調和の調和」という表現に値する朝鮮陶磁の名品は極めて少ないと言われています。

朝鮮陶磁にみる不調和の調和

 稀代の目利きと称せられた青山二郎は、「朝鮮物第一流のものは焼き物、百万中に一つなり。」(『青山二郎文集』所収「朝鮮考」)といっています。私の知人が所蔵する朝鮮前期の「白磁角水滴」は、その形から「トウフ」と呼ばれ珍重されたものですが、よく見ると各面の形が微妙に違い、その歪みが絶妙です。上面に風穴と注ぎ口の小さな穴があり、この二つの穴が不思議な空気感を作り出しています。まさに白眉の一品で「不調和の調和」という表現がぴったりします。「青花草花文面取瓶」や「白磁角水滴」といった朝鮮陶磁の名品を眺めていると、「シンプル・イズ・ザ・ベスト」という言葉がふっと思い浮かびます。それは素顔の美しい韓国美人のようでもあり、また韓国の人々の心の在り様を伝えているようにも思います。

白磁鉄絵龍双亀文壺 朝鮮王朝時代 17~18世紀 高30.0センチ 径35.0センチ
白磁角水滴 朝鮮王朝時代 15~16世紀 高2.9センチ 径4.0センチ