ホーム 特集・連載 森孝一のやきもの曼荼羅

森孝一のやきもの曼荼羅

やきもの曼荼羅[58]日本のやきもの40 京焼(一)

京都人にとっての京焼とは  京都の陶芸家と話していると、京都人は「京焼」とは呼ばない。「清水焼(きよみずやき)」とか「音羽焼(おとわやき)」とか、地域の...

やきもの曼荼羅[57]日本のやきもの39 萩焼(三)

萩赤楽茶碗  赤楽に白釉を刷毛で施した茶碗で、胴には横や縦、斜めに引っ搔いたような線があり、まるで一枚の抽象画を見るようです。見込みは大胆に削ら...

やきもの曼荼羅[56]日本のやきもの38 萩焼(二)

萩立鶴茶碗  この立鶴茶碗は、口辺部の造形は高麗茶碗の御所丸を写し、立鶴と御所丸の融合といった雰囲気の作品です。鉄分が多く赤味掛かっていますが、...

やきもの曼荼羅[55]日本のやきもの37 萩焼(一)

萩焼とは  萩焼は、16世紀末の豊臣秀吉による文禄・慶長の役(1592~1597年)に出陣した大名たちによって連れて帰られた朝鮮人陶工によって始まります...

やきもの曼荼羅[54]日本のやきもの36 美濃焼(五)

志野の大窯と織部の連坊式登窯  志野は大窯で焼かれ、織部は連坊式登窯で焼かれました。15世紀末からはじまった大窯による焼成は、1605年(慶長10年)に...

やきもの曼荼羅[53]日本のやきもの35 美濃焼(四)

織部焼とは  織部焼とは、慶長年間(1596~1615)から寛永年間(1624~44)に美濃で焼かれた斬新奇抜な装飾を施したやきものの総称であり、単に「...

やきもの曼荼羅[52]日本のやきもの34 美濃焼(三)

黄瀬戸草花文平鉢  俗に「あぶらげ手」「あやめ手」と呼ばれる黄瀬戸の典型作で、中国・龍泉窯の青磁皿を写した鐔縁(つばぶち)状の最初期の作品です。...

やきもの曼荼羅[51]日本のやきもの33 美濃焼(二)

志野の名称について  堺の大茶人・武野紹鷗(じょうおう)が所持していたという白天目茶碗(二碗)があります。一つは尾州・徳川家に伝来し、もう一つは加賀・前...

やきもの曼荼羅[50]日本のやきもの32 美濃焼(一)

美濃焼の歴史   美濃焼とは、岐阜県の南東部、東濃地方で焼かれたやきものを総称しての呼び方です。尾張(愛知県)の瀬戸焼に対して、美濃(東濃地方...

やきもの曼荼羅[49]日本のやきもの31 薩摩焼(三)

元立院系の窯  元立院(げんりゅういん)系の窯は、1663年(寛文3年)小野元立によって現在の鹿児島県姶良(あいら)市西餅田に開窯されました。元立の子孫...