やきもの曼荼羅[41]日本のやきもの23 有田教育の父・江越礼太
有田教育の父・江越礼太
明治の有田の偉人の一人に江越礼太(れいた)がいます。1881年(明治14年)わが国最初の陶器工藝学校「勉脩...
やきもの曼荼羅[40]日本のやきもの22 鍋島色絵十七櫂繋ぎ文皿
鍋島焼の尺皿は、直径約30センチの大皿で、色絵・染付・青磁に関わらず、いずれも堂々とした存在感を放っています。武家の饗応において、尺皿はその主役を担...
やきもの曼荼羅[39]日本のやきもの21 鍋島
将軍家への献上品としての鍋島藩窯
鍋島焼とは、将軍家への献上品として焼かれた磁器、すなわち肥前鍋島藩の藩窯の製品をいいます。それ以前の鍋島藩は...
やきもの曼荼羅[38]日本のやきもの20 金襴手
古伊万里金襴手
江戸時代の元禄年間(1688~1704)になると裕福な町衆が文化の主役となり、華麗な色絵磁器が求められるようになります。有田で...
やきもの曼荼羅[37]日本のやきもの19 柿右衛門
酒井田柿右衛門家の色絵磁器
初代酒井田柿右衛門(喜三右衛門)は、福岡県八女市酒井田の出身。1615年(元和初年)、父・円西(えんさい)と共に有田に移り...
やきもの曼荼羅[36]日本のやきもの18 古九谷
色絵磁器のはじまり
日本における色絵の発祥は、九州の有田と言われています。その色絵は1647年(正保4年)までに始まりました。『酒井田柿右衛門...
やきもの曼荼羅[35]日本のやきもの17 肥前磁器とその背景
日本の磁器生産が遅れた理由について
陶磁学者・小山冨士夫によれば、「わが国の磁器の起源は、中国にくらべると千年以上、安南・朝鮮にくらべても数百年おくれ...
やきもの曼荼羅[34]日本のやきもの16 初期伊万里
日本初の磁器の誕生
日本の磁器は、1610年代の中頃、有田(現在の佐賀県有田町)で誕生しました。磁器すなわち伊万里焼のはじまりは、通説によれば、豊臣秀...
やきもの曼荼羅[33]日本のやきもの15 唐津(其の九)
李朝粉引は磁器かと思うほど化粧土の食いつきが良い
須藤善光氏(前回連載参照)は「いま唐津で作られる粉引は、李朝粉引に似ていない。ここでも陶土と化粧土の...
やきもの曼荼羅[32]日本のやきもの14 唐津(其の八)
山瀬の謎と、その土の発見
かれこれ20年以上前のことですが、唐津の陶芸家・田中佐次郎氏の陶房を訪ねたことがありました。田中氏の陶房は、唐津湾の南東に連...