桜の開花に目を細め喜んでいたのもつかの間、穀雨の季節となり春も終わりに差し掛かってきました。読者の皆様は、そろそろゴールデンウィークの予定を考えておられることでしょう。器好きの方はやはり、全国で開催される陶器市に足を運ばれるのではないでしょうか。
私は一足先に、佐賀県有田町に昨年オープンした素敵な宿坊に1泊する幸運に恵まれました。今月の連載ではいつもとは趣向を変えて、その宿坊のお部屋やお料理をご紹介させていただきます。
訪れたのは「心月」という宿坊です。有田町にある日本料理店「保名(やすな)」の敷地内に、贅沢にも一戸建が3棟並んでいます。私が泊まったお部屋は「曙」という名前で、ドアを開けると別世界のような空間が待ち受けていました。広い玄関には磁器の台に植物が飾られ、傘立ても時代物のようです。ランプは明治期に製作された香蘭社のもの。
優しい木の香りがするシンプルな空間のリビングダイニング、カウンターにはさりげなく古伊万里の鉢が並べられ、お菓子やおつまみが用意されています。もうそれだけで私は「キャーッ」と興奮し、ソファーの方へ。ふと、広い窓に目をやると美しい景色が。奥の方には煙突がそびえ立っています。よく見るとカタカナで「フジマキ」とあります。窯元さんの煙突です。ここで、遠方から来られたお客様は「あ~、やきものの町にきたのね~」と感激されることでしょう。
再びソファーの前のローテーブルに目をやると、「ん?なぬなぬ?!何なの、これーっ!」と、圧巻の光景が目に飛び込んできました。オーナー自ら手作りしたテーブルで、木の間に時代物の陶片を配してレジンで固めたものだそうです。その傍らには、より深く鑑賞できるよう陶片の年代を記したパンフレットも添えてあり、そのタイトルが「銘木と有田の陶片が織りなす歴史、オーナー自ら手掛けたテーブル」とありました。もうここまでくるとオーナーの有田焼へのオマージュや執念のようなものを感じます。
「執念」といえばもう一つ。その宿のオーナーは、その地で温泉を求めて掘りに掘り、ついに良質の温泉が出たのです。その泉質の良さと言ったら「ぬる~っとして濃厚!」。まるで美容液の中に入っている感じです。ご覧の写真のような静かな浴槽に浸かっていると、時折鳥の鳴き声が聞こえるくらいで、有田の町の中とは思えない静けさです。残念ながら(?)私の入浴シーンはありません。
夕食は隣接するダイニングレストラン「瑞」(ずい)でいただきます。お料理のお品書きと合わせて、器のお品書きも添えてあります。まさにお料理と器のおもてなしです。
先付けの太刀魚は、明治期の香蘭社染錦変形皿で華やかに、お造りは2種盛りで古伊万里染付皿にきりっと盛り付けられています。深い藍色が鯛とイカの白さを引き立てて、より新鮮に爽やかに感じます。面白かったのは甘鯛木の芽焼きの器です。これを見た時「泉山の陶石のようだ」(泉山磁石場)と思いました。こちらは現代物、李荘窯です。この窯元は常に遊び心を持ってチャレンジされる姿勢が素晴らしいと思います。
合い肴(あいざかな)は佐賀牛ヒレ肉を十二代柿右衛門の染錦皿で。肉も皿も互角に勝負しているようです。乳白色の余白で有名な柿右衛門のお皿で染錦や地紋で埋めつくすという装飾は珍しいように思いました。最後の料理にはふさわしいお皿かと。水物は黒ごまアイスをギヤマンガラスに入れ、白磁水玉彫皿に載せてお洒落に。こちらも現代物で、やま平窯です。素材や形状の開発に熱心に取り組まれています。この日はとても暑かったので、ガラスの涼しさもごちそうでした。
飲み物はシャンパン、白ワイン、赤ワインの香りと味が料理とともにあるという感じで、素晴らしいセレクトでした。お酒の酔いも手伝ってすっかり幸せな気分になった私が、その後ふかふかのベッドに撃沈したのは言うまでもありません。
翌朝は6時半に目覚め、再び温泉の美容液に浸り朝食へ。ザクロ、オレンジ、グリーンスムージーで目覚めのお迎えを受け、有田の名物「呉豆腐」(ごどうふ)やだし巻き卵、西京焼き、サラダ、生みたて卵、お味噌汁、有田の棚田米を安楽窯の炊飯土鍋から、「保名」の3代目によそっていただきました。デザートのメロンと可愛らしいお皿の組み合わせは、これから始まる明るく楽しい1日を予感させてくれます。
地元の宿泊ながら、名品に囲まれ忘れられない時間となりました。もてなす側の心配りは相当なエネルギーであるとも察します。1泊2日とは思えないような中身の濃さとなり、「癒し」というよりも「幸福感」で満たされてしびれています。「ああ、明日からお仕事できるかしら」と、そんな気分でした。
皆様のゴールデンウィークもしびれるような素敵なものになりますように。